ネットとリアル

「ネットはリアルへの足がかりなのか」(「おれはおまえのパパじゃない」より)
http://d.hatena.ne.jp/kowagari/20050524/1116947223
ネットはリアルのラジオやテレビと違って決まった時間に聞いたり見たりしなきゃいけないことはなくて、24時間好きな時間に楽しめますよね。だからネットラジオっていつでも聞けていいことだと思います。以上賛成意見。
以下反対意見。
リアルでできないからネットでリアルの真似事したくなるのは当たり前ですよ。全員が全員人を楽しませるすばらしい才能を持っているはずはないから、望んでも多くの人が注目する中で自分の技(ラジオで言えばトーク、ブログだったら文章)を披露できないのは中学生でも知っています。それでもごっこ遊びが辞められなくてやっている人が多くいる現状のなにがいけないの?

ネットだったらもっとはっちゃけたものが生まれてしかるべきなんじゃないの?

できればやってますよ。

ラジオではなくブログの方に話をうつすと、既存マスメディアのフォーマットに沿いつつ、既存マスメディアがやれなかったこと、やらなかったことをやるという、大人の都合への反逆者はたくさん思い浮かぶのだけど、表現そのものへの反逆を試みている人はラジオと同じように少ないのかな、と思った。

それができればやっている!!!
ガンダムを上手く動かせないアムロをブライトが苦々しく思っていた状況を感じてますよ。
上に書いた舞城王太郎筒井康隆はオモシロ表現ができる人。ぼくはできない。でもオモシロ表現を生み出せない代わりに、自分の普段思っていることや面白おかしい出来事やおもしろサイトを自分だけでニヤニヤしてるのが我慢できなくて誰かに伝えたくなる、でも街中でデカイ声だしても、近所の人にペラペラしゃべっても、少しの人にしか伝わらない。でもネットならうっかり検索に引っ掛けてしまった人が読んでくれるかもしれない。爆笑してくれるかもしれない。文章下手で上手く伝えられないかも知れないけど、書かないよりはいいかもわからんね。って思って書いて小さな幸せを感じる人がいて、そんな人がたくさんいるからブログが流行ってるのは素晴らしいことだと思いますけど。他にも「みんながやってるから〜」ってブログはじめる人もいるけどそれはそれが楽しければよくね?

資本主義だとかDIMEだとかの上層への”あがり”を目指しているのだとすれば、シックスアパートによるネット住人奴隷化計画は見事に成功してると言うほかない。言っとくけどこのゲームにあがりは存在しません、はなっから。

奴隷化とかマジ意味わかんね。今ある現状を楽しめないのは素晴らしいことなの?未来を憂い嘆くのが立派な人間なの?おれわかんね、今楽しいものを選んで使えばよくね?後で後悔することになるとか意味わかんなくね?「勉強しないと藤波になるぞ!」じゃないけど・・・アレ?藤波になったとしてもよくね?・・・これはいい例じゃないからいいかえて、中卒で学がなくて他の人が知ってる楽しいことを知らなくてもその世界で楽しいんだからそれでいいんじゃね?後で自分の知らない楽しいことを皆がしてたら後乗りすればいいじゃん。困ったらそんとき直せばいいじゃん。

  • どうでもいいこと

テラヤマアニさんはぼくの日記をアンテナから外した数日後突然プライベートモードになったので「もしかしてSさんなにかやらかした?もうねぼくだってアンテナはずしちゃうもんね!」とワクワクテカテカしてたんですけど最近復帰してるのを知って、しかもぼくのせいじゃなかったんだねって思って安心したんだ。